ずーっと風が運んでくる火山灰やいずれかの野草、そして近所のネコでアレルギー気味だった私ですが、先週ノースのワイメアビーチで海に浸かりすぎてとうとう風邪を引きました。あーあ。今日から始まるカルアピッグ、写真を撮りながら遊びに行く予定でしたが、ケホケホしながら料理の場所にいられないので、今回は最終の日曜日だけ、それまでに風邪を治さなければなりません!それもこれもメリものため。フラとはこんなにも「専念すること」を要求してくるものだとは思いませんでした。ということで、サンクスギビングのときにもまたカルアピッグを作るので、そのときに準備段階の写真を撮ろうと思います。
さて、ご近所さんがメインランドに帰るというので、オアフをよく知っていない彼女のために先週末はあっちこっちと連れて回ったのですが、まず最初はダイヤモンドヘッド登頂です。オアフのあちこちが曇っていてもダイヤモンドヘッドの周りはいつも晴れているので、登るにはあまり暑くならない朝が良いのです。
が、この彼女、私よりも輪をかけて夜型なので、「8時に出る?」なんて自分で言っておきながら当然出発は10時半です。(笑)いつもTシャツ型の日焼けは避けたい私はチューブトップを着て出かけるのですが、いつも日焼け止めを塗るのを忘れてとんでもない日焼けをします。この週末もこの時を境に程よい日焼けが黒こげになりました。
さて、ここで豆知識。カイマナヒラとはアルファベットで書くと、Kaimana-Hila、ダイヤモンド・ヒルという意味です。もともとハワイには文字がありませんでしたので、カイマナヒラという響きはハワイ語ですが、アルファベットにすると私たちにとっては英語読みのようになるわけですね。わかってもらえるでしょうか、この屁理屈。(笑)
古くは、Lae-'ahi(Le'ahi、eの上にカハコが載ります)。火の女神ペレの妹のヒイアカが、頂上がアヒ(マグロ)のラエ(レー、おでこ)に似ていると命名したのが由来と言われています。もう一方の説は、海岸沿いを航行するカヌーを導くために頂上に火を灯したことに寄るというものです。下から吹き上げる風で山頂の火が消えないように、山頂に風の神を奉ったヘイアウ(寺院の意味)を建てたとのことです。今日では1917年に建設された灯台が船舶を導いています。1917年というと、リリウオカラニ女王が79歳でその生涯を終えた年です。
1700年代後半には「レーアヒ」を訪れる西洋からの探検家が、クレーター斜面の岩に含まれる方解石のクリスタルをダイヤモンドと間違えたことから「ダイヤモンドヘッド」の名称が一般的になりました。
1900年代には見晴らしの良さから米軍の沿岸要塞として使われた歴史もあります。
まあ、前置きはこのくらいにして、頂上からの見晴らしをお届けしましょう。ワイキキからワイアナエ、後方はパンチボウル、マノア、セントルイスハイツやマウナラニの住宅街、カハラ、ハワイカイなどが望めます。




ダイヤモンドヘッド登頂はハイキングというよりはアスレチックフィールド。最後の階段とトンネルがそんな感じです。


そして、行くたびに笑えるのが、このアリの行列。

まあ登っている私もこの中の1匹になるわけですが。
そして降りてくると待っているのがこのトラック。

かき氷の看板も。ダイヤモンドヘッド公園内は販売行為ができないことになっているんですが、このトラックは何なんだろう?といつも思います。それと紛らわしいのが頂上付近で寄付と交換に発行してくれる「登頂証明書」$2です。ご近所さんは記念に持ち帰ってましたが、私はただでさえ紙に埋もれて暮らしているので、証明書はいただかずにその代わり$1のご寄付を致しました。寄付ならもっとしろって?(笑) $1でも「ありがとう」と言ってくれるのがまたうれしいとこです。
そしてサラダを食べたかったお隣さんのためにワイキキのショアバードに行ってランチをしました。

ショアバードのあるアウトリガーに入って行くとウクレレ抱えたこの人が目を丸くして出迎えてくれました。そうです、ワイプナのマット。ミュージシャンの多くはフルタイムの仕事も持っていて、きちんとその仕事もこなしているんですよね。何でも午前中のウクレレレッスンを終えたところとか。その後はホテル内のデスクで働いてました。

ハワイアン音楽に縁のないメインランドからの観光客達がマットにハワイ語で名前を書いてもらっていましたが、「この人、何を隠そう今をときめくミュージシャンなのよ」と心では言いたかったのですが、その時はおおざっぱな英語になっていました。ま、気持ちは伝わったんじゃないかな?(笑)

























イオラニ宮殿の日本語ドーセント(解説員)、
を務めています。ハワイの文化や歴史、フラ、メレ(歌)、イオラニ宮殿についての情報をお伝えします!

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