知られざる歴史の最近のブログ記事

いつもなら火曜の夜はハワイ語のクラスなのですが、今晩はカメハメハスクールで無料の映画試写会がありました!いつも参加するハワイ文化のプログラムなので行くつもりでいたのですが、ハワイ語のクラスに重なることを知ってあきらめていたのです。授業が大切ですからね。


ところが、新しいハーラウの方からも全員にこの映画の情報が廻って、クム曰く「オリにはたくさん触れた方が良い。」


ということで、ハワイ語のクムに訳を話して、今晩は堂々とクラスを欠席、試写会に行ったというわけです。今晩はいつもより少し速く出て日の入りに間に合わせようと言う魂胆!間に合ったのですが、真っ赤な太陽の色は上手く出せませんでした。ビデオはフェイスブックのファンページにアップしてあります。

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バッチリ日が沈むところ。

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今日も空が綺麗です。

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そして日が沈んだ直後がもっと色が濃くなります。二つの雲は、まるで2頭のドルフィンが泳いですれ違っているみたいでしょう?


さて、今晩の映画は、"Mana I Ka Leo" - The power of the voice. ハワイアンのオリを通しての自然との関わりが描かれています。フラとハワイを愛する人におすすめのドキュメンタリーです。その中でのワンフレーズ、私の頭に残ったのが、冒頭の一文。

「大自然に対して、私は単なる声でしかない。」カヌーを漕いではるばる大海原を渡ってきたハワイアンの自然との関わりが垣間みられます。


そして、映画の後のパネルディスカッションではプロデューサーの二人に挟まれて、出演者のカウマカイヴァ・カナカオレがハワイ島から、クムフラ、チャールズ・カウプがマウイ島から、そしてドクター、カマナオポノ・クラビーがオアフ島ワイアナエから参加、豪華な顔ぶれで、とても熱いディスカッションとなりました。

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私は最初はもう少し後ろの真ん中に座っていたのですが、ハーラウの先輩達を発見。こんな前に移ってきたのです。左側にいる白髪と言うか金髪のクプナはクムフラ、ホクラニ・ホルトさんのお母様、そしていつものようにハワイ大学の教授でもあるノエノエラニ・ズッターマイスターさんも前の列にいらっしゃいました。


ハワイの文化人達が集まると、必ず力説されるのが「言葉を知ること」。言葉を知らなければ、オリをしても単なる音です。言葉を知ってこそオリに力が込められます。


そして、そう言う時にいつも私が思うのは、自分の国の文化をも大切にすること。日本人であるというアイデンティティーに誇りを持って、先祖や親から引き継いだ美しい日本語をなくさないこと。


日本もともすればハワイの二の舞になってしまいます。2千年以上の文化を持って、美しい自然と美しい言語を持ちながら、インターネットによって言葉も心までもが壊されつつあります。私達日本人もかつてはよく歌い、よく笑い、楽しい人々だったという話をどこかで聞いたことがあります。フラを踊る時にはハワイの文化と人々を大切にしながらも、日本という国をも大切にする気持ちを忘れないでいて欲しいと思います。

イオラニ宮殿にお越しになったことのある方は、展示されている家具や置物が世界に一つしかないようなものであることを覚えていらっしゃると思います。ハワイ王朝を飾ったこれらの品々、世界に飛び散って、まだ6割近くは見つかっていません。その記事が先日ウォールストリートジャーナルに載りました

皆さんのために翻訳したいところですが、今それだけの時間を費やせないので、かいつまんでお知らせします。英語の読める方、得意な方はお読みになってみてください。また、ビデオも見られますので、84歳のプリンセスもご覧になれます。

ビデオでインタビューに答えているのはフレンズ・オブ・イオラニパレスのエグゼクティブ・ディレクターのキッペン・デ・アルバ・チューとドーセント・エデュケーターのジタ・カップ・チョイです。

記事の中には、カリフォルニアのカップルがハンティントンビーチの蚤の市で50セントで買った王朝の紋章入り陶器(フランス、ピリビュー社製)の話や、津波の後、マウイのビーチに捨てられていた「青の間」の椅子の話、アイオワ州の子供達のすすめで戻されたカラーカウア王の机などの話が載っています。

最近の話題に近い、多分、日本の皆さんにも「ああ」と思えるだろうものは、2006年にイギリス、ハンプシャーから宮殿に寄付されたカラバシュ(儀式などに使う大きなボウル)の一式。プリンセス・カイウラニのフィルムにも出てくるカイウラニの父の友人、セオ・H・デイヴィーズの孫の未亡人から寄付されたものです。

大きなものは置く場所に困って戻されたり、あるいは崩壊の時に略奪されたであろうものが、そっと返されたり、あるいは分かっていても戻すことを拒否する人がいたりと様々です。

地下にはカメハメハ章なる勲章がありますが、これはプリンセス・アビゲイルがおよそ46,000ドルでサザビーのオークションで入札し、宮殿に寄付したものです。

一度お越しになったことのある方も、次回はまた違った目で展示品をご覧になられると思います。

グループツアー、フラハーラウのグループなどは割引が利きますので、お問い合わせください。

タイトルから何やら怪しげなことをやりそうだと嗅ぎ付けた人、ごめんなさい、当サイトは、堅苦しい記事も多い、とてもまじめなハワイ・サイトです!(笑)


さて、明日月曜日、アメリカはマーティン・ルーサー・キングJrデーでいわゆる国民の祝日です。祝日と言っても、アメリカの会社というのは面白いもんで、日本の企業のように一斉に休んだりしないんですね。もちろん、お役所、学校などはお休みです。金融機関も。


ところが、私の歴史では、見事にこの日がお休みだったってことは記憶にある限りございません。2月のプレジデントデー、11月のベテランズデーも同じです。なので、滅多に思い出さないんですが、ハワイの1月17日は忘れることのない日なのです。多分、日本人の中では、あるいはハワイの歴史などトンと興味のないロコの間では、マーティン・ルーサー・キングJrデーです。


1893年の1月17日はハワイ王朝が崩壊した日なのです。文字通り、リリウオカラニ女王が退位し、暫定政府が建てられた日。


同年の1月12日に新しい内閣を発足させ、憲法改正・発布を試みようとしていた女王に反対勢力が秘密裏に動き、あっという間に倒されてしまったまさにその日です。


そして、数年前の同じ日、私はイオラニ宮殿を初めて訪れ、ボランティアを始めたのです。ドーセントトレーニングを受け始めてこの事実を知ったとき、本当にハワイに呼ばれてきたのだと実感しました。


118年前の出来事、完全にアメリカ合衆国になってしまったこのハワイで、その事実を知る人というのはごく一握りです。 

リリウオカラニ女王の私邸、現代では州知事が内外のお客様をお迎えする際に利用されるワシントンプレイスのツアーが再開されました。イオラニ宮殿のボランティアの数に比べるとはるかに少ない人数でツアーが行われていますので、ツアーには予約が必要です。


特に日本語ドーセントは二人だけと言うことですので、時間に余裕を持ってお問い合わせください。


12名以下の少人数の場合は48時間前まで。学校や団体などの大人数の場合は数週間必要です。


電話番号は、808−586-0248。スタッフの数も少ないので、録音になっている場合があります。希望人数とお名前、連絡可能な電話番号をメッセージに残してください。


今年から特に州知事のアバクロンビー氏が以前よりも頻繁に使用する予定があるとのことですので、ある程度柔軟な日程でご検討ください。


非常に面倒なようですが、ここにはリリウオカラニ女王の大切にしていた錨型のブレスレットなども展示されていますので、フラダンサーにはぜひ訪れていただきたいところです。上のリンクにはワシントンプレイスの略歴も入っています。リリウオカラニ女王のご主人、ジョン・オーエン・ドミニス殿下のお父上が建てられた建物、ハワイの歴史では重要な役割を果たしてきた建物です。ぜひ機会を見て訪れてみてください。

ハワイの歴史や人物というのはそれほど一般の人々に知られていないのが実情ですが、ウィリアム・ピット・レレイオホクもその一人だと思います。1854年1月10日生まれの彼の誕生日を祝してちょっとご紹介です。


1854年と言うと、日本の浦賀にペリーがやってきた次の年です。


そして、フランスではルイ・ヴィトンが世界初の旅行鞄のアトリエ「ルイ・ヴィトン」を設立した年なんて記事も出てきました。なんと便利な世の中なのでしょう?昔だったら世界史とか日本史の教科書を引っ張りだして来ないとこんなこと調べられなかったのに、今はネットで数秒です!


さてさて、そのレレイオホクとは誰かと言うと、カラーカウア王の一番下の弟君なのです。ハワイアンミュージック・ミュージアムのサイトに彼の写真付きの紹介が出ていますので、こちらをクリックしてみてくださいね。


天の四人(Na lani 'eha)と呼ばれた4人兄弟姉妹(9人いたうちの王家の4人)の一番若いプリンスでした。1874年に兄のカラーカウア王が王位に就くと後継者としてレレイオホクを指名するのですが、レレイオホクはリウマチ熱のため23歳でこの世を去ってしまうのです。


彼は4人の中でも一番美しく甘い声を持った人だったと言われています。音楽の才能にもたけ、ハワイアンウォーチャントのオリジナルメロディーは彼が作ったものです。あまりふさわしいビデオが見つからなかったのですが、フラが入っているのを一つ。

ハッピーバースデー、プリンス・レレイオホク!

ハワイアンウォーチャント

イヴニングツアーは無事終了いたしました。私達ボランティアはほぼ全員休みなく5時半から9時過ぎまでパレスの内外で楽しく、おなかをすかせながら仕事に励まさせていただきました。びびなびハワイでもお知らせをしたせいか、日本人の方々も結構お見えになっていました。


写真でご紹介しましょう。

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最初は、ボランティアルームで開始前のミーティングをするボランティア達。

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デコレーションもホリデームード。


ところが、外では長蛇の列!

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開始時刻よりも早く先発のVIPグループ(と思しきグループ)がまず入場。開始時刻の6時からはひっきりなしにお客様がいらっしゃいました。


私の毎年恒例の役目は靴カバーを渡し、正面のドアを開けてお客様を招き入れるポジション。最初の年は2シフトで中に入っていたのですが、「あなたはパレスダンサーだから外よ」と勝手に「パレスダンサー」にされて、去年からはラーナイ勤務です。:(


ハワイなんで年末と言っても暑いんです。特にここのところの雨模様で蒸し暑いのなんの。汗をかきながらあっちに行ったりこっちに来たり、その間に気が付くとまるでハリウッド映画のような夕焼け空が現れました。

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普通のカメラでなかったのでちょっと限界ありですが、まるでキリスト教映画のような感じでした。まさに、カピオラニ王妃の人徳ですね。前日の私の誕生日は帰ってきた時に土砂降りの大雨だったのですが、これまた多大なブレッシング(祝福)を受けているって感じで・・・。(笑)


お客様の中には、パレスボランティアのベテラン、私達の良き指導者で今は健康上の理由でご自宅で療養されているアンJもいらっしゃったりして。


そして、いきなり知った顔!ケアヌのシェリーが家族を連れて来てくれました!あれ?シェリー、今日はフラ、じゃなかったの???(笑)

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そして、こちらはブーティ(靴カバー)・プロことヴァル。宮殿見学の際のルールをてきぱきと伝えて靴カバーをうまく履けないお客様のお手伝いをします。

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この日は館内では、ハワイオペラシアターのソロによるオペラが青の間で、そしてハープの演奏が王座の間で行われ、外では4グループによるハワイアンミュージックが展開されました。毎年ボランティアをしていると味わうこともないので、今年はちょこっと最後に見させてもらうと・・・大迫力のオペラでした!!!


この日はミュージシャン達もボランティア。無償で演奏をしてくれるのです。毎年トリを務めるのがクムフラ、サニー・チンのハーラウのミュージシャンとして名高いマヒエヒエ。


この時間になるとお客様がぐっと減ってしまうのが残念なのですが、それでも残っているお客様たちは十分お楽しみいただいたようです。

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こちらはチケット売りを担当したスタッフ。チケットは$6と聞いていたのですが、$7に値上がりしてました。ここを持ちましてお詫び申し上げます。

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終了間際のパレス。

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マヒエヒエは9時半までたっぷり演奏をしてくれていました。


私達はと言えば、激空きのおなかと乾いた喉を潤すためにボランティアルームに引き上げ、みんな黙々と食べ物をあさっていました。


今年も大イベント無事終了!毎年やっていますので、いらっしゃったことのない方は、来年どうぞ!

昨日の続きです。今日は本当に写真を中心に!(笑)

まずは食べ物編:

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あのポイモチの隣にはこんなふうにフルーツが並んでいます。全部買いたいところだけど、フルーツで散財は出来ない!


で、狙い目はこちら。

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ロコが好むモロカイ・ブレッド。何がいいって、日本のパンを食べている人にはちっとも高級品でもないし、どちらかというと昔のコッペパン(超古いかしら?)みたいな、なんか素朴な味のパンなんですが、なぜか人気があります。ちょっと甘みのあるおやつパンみたいな感じですね。


この中にストロベリークリームとバターとか、ブルーベリーとクリームチーズ(だったと思います)とかが入っているのを期待していたんですが、今回は何もないプレーン味でした。1個7ドル、2個で10ドル。私たち何も知らないで別々に買ったので、それぞれに7ドル払いました。ま、いっか。


ところがこのブレッド、日曜日に買ってそのままテーブルにおいておいたら、火曜の今日にはカビが見えてきて!すぐに冷蔵庫へ。秋でもハワイは油断が出来ません。


そして、やっとランチをゲット。二つ似たようなお店があったんですが、鋭く観察していた私の友達は、もう一つの店の方が安いことを覚えていて、そちらでステーキランチをゲット。これも$7。私はガーリックシュリンプとのコンビを考えていたのですが、素直に友達に従って正解でした。肉だらけで食べきれない!

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そして食べている間にミュージシャンさんたちは演奏を続けてくれます。次の番はウェルドン、お食事の最中なので、聞くよりも黙々と食べてました。ですから、フラは当然他の方にお譲りして。(笑)


と言うより、こんなにたくさんハワイアンがいたら、やっぱり土着の人に踊っていただかないと!ご飯食べているから呼ばれる心配ないし!(笑)

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お食事時だと、ブロガーの私もここまでオウチャクな写真になってしまいます。遠くて暗くて誰だか分からない!一緒にいたもう一人のお友達は、しっかりカメラでいい写真を撮ってました。みんな偉いなあ。


トリはホク・ズッターマイスターとウクレレのブライアンがそのまま残りました。ナイスなサウンドの組み合わせでした。

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いや、トリではありませんでした。その後にロイヤルハワイアンバンドの演奏があり、その後にもミュージシャンがいました!


ですが、このあとの予定があったので、ホクまでで私たちはおしまい。カピオラニ公園からはこんなにカイマナヒラが綺麗に見えるんですね〜。

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会場はまだまだにぎわいを見せていて、

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そして、マカヒキのゲームとやらを覗いてみました。

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ヤリのようなものを投げたり、

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ボーリングのような遊びがあったり、

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この輪はレスリングでもしたんだろうか?綱引きなんかでも盛り上がっていましたが、綱引きもマカヒキのゲームだったんだろうか???


さて、2月までのマカヒキシーズン、心穏やかに暮らせるよう努力しましょう!ホリデーシーズンと重なるところが、何ともユニバーサルな力を感じますね。

さて、日曜日のマカヒキ・マオリ・フェスティバルの様子を写真を中心にお伝えしようと思います♪


ハワイ好きの方はもうご存知のこの言葉、マカヒキ。戦争や狩り、遠洋での漁などが禁止された時期として知られますが、詳しくは、10月の後半から11月にかけて、地平線に太陽が沈むと同時に星座の昴が最初に昇ってきた日から(厳密には夕刻から)4ヶ月のシーズンなのです。


この時期は雨期にも当たり、風が強くなったり、海が荒れたり、気候的にも、体を休める時期として納得のいく時期です。クジラとサーファー以外の方にはね。そう、これからノースショアが賑わいます!そして、クジラ君たちがハワイの周りにたくさん現れる時期です!


メルマガのハワイ豆知識にも書いたことがありますが、ハワイに来て何に気が付いたって、遅生まれの人が多いんです。王様も女王様も。この私がクリスマスベイビー(クリスマスの頃に生まれた人をそう言います)として、毎年クリスマスとお正月で忘れ去られていたので、それも大体周りに遅生まれっていなかったので、この9月頃から2月頃までワンサカ溢れているのは、私にとっては驚きなのです!


やっぱりマカヒキシーズンに関係あるという私の推測は正しいのではないかと思います。だって平和な時期で、戦いしちゃいけなくて、ゲームなんかで楽しむ時期なのですから。ゲームの中には、なかなかにセクシャルなものもあるのですよ。


さてさて、写真中心が、いつものごとく文章になってしまいました。(笑)


そのマカヒキフェスティバルが各地で行われていて、昨日の日曜日は、ハワイ州に11の学校を持つハワイ教育の学校、プーナナ・レオの主催でお祭りが行われました。カピオラニ公園には、プーナナ・レオの子供達、その保護者や後援者、フラハーラウにミュージシャン達が集まりました。


私たちはちょっと遅れてしまったので、着いた時には子供達が歌のパフォーマンスを終えるころでした。舞台を終えた子供達は、ゲームをしにグラウンドに消えて行きます。


そして、フラカヒコでオープニング。アンティー・アラのハーラウが色とりどりの衣装でステージを飾りました。

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その後はミュージシャンのステージ。最初はアンクル・シリルとオハナのギターから。このあとの二組のミュージシャンがもうちょっとお目当てだった私とお友達は、この間に周りのベンダーをチェックすることに。


まず目についたのが、これ。

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右のボトルはチリペッパーウォーター。単純に言うと唐辛子の入ったお水。酢も入ってるのかしら?辛いのが苦手な私は以前1本いただいたのですが、辛い物好きの住人にあげてしまいました。ハワイの人はこれが大好きです。私たちが何にでも醤油をかけるのと似てるかも。


隣にあるのはククイナッツ。


そして、年中目に留まるのがニイハウ。はあ。カヘレラニ。ため息が出ます。ハワイのダイヤです。

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たくさんベンダーが出てたのですが、写真よりも散財に走りました!そして、貴重な食べ物をゲットしないと、と言うことで次ぎにチェックしたのがコレ。

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ポイモチ!まあ、ポイをドーナッツにしたようなもので、沖縄のアンダギのポイ版ですね。最後に買って帰ったのですが、ぺろっと食してしまいました。普段揚げ物を食べない私にはちょっとキツかったですが、美味しかったですよ♪

右となりはマンゴとかパパイヤとか。


さて、明日は続きをご紹介します。

明日、11時半から宮殿グラウンドではロイヤルハワイアンバンドによる演奏が行われます。お近くにいらっしゃる方はぜひお越し下さい。

詳しくは、パレスのフェイスブック←をご覧ください!


カラーカウア王は18361116日生まれ。だから、ん?何歳だ?


私はワイキキビーチウォークでノエラニ・チャン先生のワークをお手伝いしてます♪

明日の曲は何かな〜? 

夕べはカメハメハスクールで映画のスクリーニングに行って参りました。もちろんハワイアンです!


今年のインターナショナルフィルムフェスティバルでも上演された作品ですが、第二次大戦が始まる前の緊張の時代にハワイの青年(その半数近くはカメハメハスクールの高校生)たちが、行く先も理由も、そしてどれだけの期間行くのか、何があるのかも知らされずに、南海の無人島に植民地化政策のために送り込まれた事実を表したドキュメンタリーフィルムです。


最初に選ばれたのはカメハメハスクールの選り抜きの6人。二人ずつに分けられ、ハワイから遥か南の3つの無人島(ホーランド、ベーカー、ジャーヴィス:ハワイからずっと南に下がるところにあります)に軍人3人と送り込まれます。する事は天気の記録や植物・昆虫採集、と言っても私たちの小学校でするようなものではありません。日陰も何もない掘建小屋作りから始まり、何千羽といる鳥とネズミだけに囲まれて毎日を送るのです。


相当な強い精神を持っていなかったら勤まらない仕事です。青年たちは1日3ドルと言う、当時(1935年から42年)では魅力的な金額の給与と「旅行に行ける」と言うだけでリクルートされ、孤島に向かったのです。途中から青年の数は二人増やされて島に4人となりましたが、島に残るのはその4人だけ。軍人達は彼らを置き去りにして船に戻ってしまうのです。


それでも彼らは毎日の仕事をこなしたのです。来る日も来る日も。17歳の青年たちは家が恋しくて涙したとも記録にあります。滞在は3ヶ月からオリジナルのメンバーは1年。素直に軍部の指示に従って記録を続けた彼らの精神には驚くべきものがあります。


無人島に人を送り込んで1年住ませる(植民地化)。アメリカの政策だったわけです。それにハワイの青年たちが選ばれた。開始の1年後、フランクリン・ルーズベルト大統領によって、3つの島は植民地として宣言されます。そして、彼らの付けた天気その他の記録が日本との対戦でデータとして使われたのです。


対戦が始まり、日本軍の攻撃により死者が出て、1942年2月にやっと全員が救出されるまで、彼らの仕事は続いたのです。しかし、その後彼らが国から認識される事もなく、この歴史は語られる事もなく消えそうになっていたのです。それをビショップミュージアムの記録保持者が見つけ、ドキュメンタリーフィルム作成までこぎ着けたものです。


夕べはそのフィルム作成にも貢献した生存者3名の方々がいらっしゃって質疑応答のコーナーも設けられました。ディレクターを務めたビショップミュージアムのノエル・カハヌ女史はそのうちの一人の孫です。彼女のおじい様は92歳。75年前17歳の時にジャービス島に送り込まれた人です。これほどの厳しい体験をしながら、彼らはユーモアのセンスを忘れる事なく、仲間4人と生活していったとのことです。


来年、ルーズベルト大統領の植民地宣言から75年。それを記念してこの映画はワシントンDCで上演される予定です。ハワイでは12月8日、アリゾナメモリアルでもう一度生存者を迎えての特別の上演会があります。ハワイやアメリカの人だけでなく、日本の若者にもぜひみてもらいたい映画です。


Tuahine

イオラニ宮殿の日本語ドーセント(解説員)、 を務めています。ハワイの文化や歴史、フラ、メレ(歌)、イオラニ宮殿についての情報をお伝えします!

このブログの宮殿に関する情報はすべて母体 "The Friends Of 'Iolani Palace"の 認可を得て掲載しています。 Iolani Palace

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